テスラは、飛躍の地でロボットに賭けた——世界が熱視線を向ける「フィジカルAI」とは何か
テスラは米フリーモント工場で14年造り続けた旗艦車の生産を打ち切った。そして空いた製造ラインは、人型ロボット「Optimus(オプティマス)」の生産に振り向ける。このロボットの頭脳を担うのが、「フィジカルAI」と呼ばれる技術だ。
この記事のポイント
① テスラは、米フリーモント工場で旗艦車「モデルS」「モデルX」の生産を5月に終えた。空いた製造ラインでは、人型ロボット「Optimus(オプティマス)」を新たに組み上げる
② ロボットの頭脳を担うのは「フィジカルAI」——実世界を見て、考え、モノを動かすAIだ。生成AIからエージェントAIへと働く範囲を広げてきたAIの、次の段階にあたる
③ テスラだけの動きではない。米ボストン・ダイナミクスは人型ロボット「Atlas」の製品版を披露。中国の宇樹科技(ユニツリー)は8月、人型ロボット企業として中国初の上場を果たした。日本もフィジカルAIへの官民投資を2040年度までに10.5兆円と想定する
EVの母工場を、ロボットの生産拠点へ
米カリフォルニア州のフリーモント工場は、テスラにとって飛躍の地だ。2012年、ここから旗艦セダン「モデルS」が世に出て、同社を世界的なEV企業に押し上げた。
しかしテスラは、モデルSと姉妹車「モデルX」の生産を、今年5月に打ち切った。そして、同じ地で新たに組み上げるのは、人型ロボット「Optimus(オプティマス)」だ。イーロン・マスクCEOは7月の決算説明会で、最初の生産ラインの設置を進めており、まもなく生産を始めると説明した。
旗艦車の生産をやめてまで推し進める転換は、同社が次の成長をどこに求めているかを示す。ただし、これはテスラ一社の決断にとどまらない。世界の各社が、同じ技術を追いかけている。熱視線の先にあるもの——「フィジカルAI」だ。
フィジカルAIとは何か
チャット型の生成AIは、作って渡した時点で仕事を終える。質問に答え、頼めば資料やプログラムコードも作るが、受け取った後の作業は人間に残る。この先の仕事まで自律的にやり遂げるのが、いま注目を集めるエージェントAIだ(関連記事:NECは、AIに席を与えた——エージェントAI時代に人は何を担うのか)。
そして、フィジカルAIはこの自律を実世界へ持ち出す。カメラやセンサーで周囲の状況を捉え、物理法則を踏まえて次の動きを判断し、ロボットの体を実際に動かす。
量産をにらむ動きが、各社で相次ぐ
フィジカルAIを積んだロボットは、すでに市場に出始めている。四足歩行ロボットなどで知られる米ボストン・ダイナミクスは今年1月、人型ロボット「Atlas(アトラス)」の製品版を披露し、Google DeepMindのAIモデルを組み込む提携を発表した。親会社の韓国・現代自動車グループは、2028年から米ジョージア州の自社工場にAtlasを投入し、年3万台の生産体制を整える計画を示した。
中国のロボットメーカー・宇樹科技(ユニツリー)は8月、人型ロボット企業として同国で初めて上海証券取引所に上場し、約61億元(1,400億円規模)を調達した。
フィジカルAIの搭載は人型ロボットに限らない。自動運転車も代表例で、工場の搬送ロボットや建設機械などにも広がりつつある。
しかし、各社がとりわけ人型に力を入れるのには、理由がある。今の職場も道具も、人間に合わせて設計されている。人型ロボットなら、学習データを取得しやすく、また現場を造り替えることなくそのまま働ける。テスラのロボット生産へのシフトも、この大きな流れの中にある。
前出のマスク氏は9月1日、米ノースカロライナ州で開催のG20イノベーション閣僚会合にオンラインで参加し、人型ロボットは「10年後に少なくとも10億台」まで普及する見通しだと語った。
日本もフィジカルAIに勝機を見出す
この波は、日本にとって遠い話ではない。政府は7月に策定した官民投資ロードマップで、フィジカルAIへの官民投資を2040年度までに10.5兆円と想定する。土台にあるのは、産業用ロボット市場で世界シェア約7割を握る産業の厚みだ(関連記事:ノエトラとは何か——日本がフィジカルAIの勝機を託す44社連合)。
フィジカルAIの本格的な普及に向けては、安全性や社会的受容性といった新技術につきものの宿題が残る。一方で、人手不足を補う一手としても期待を集めている。
旗艦車を14年送り出したラインを、テスラはロボット量産の始点にした。同じスタートラインが、世界中で引かれ始めている。